痛みの治療を知ろう

第10話 歩くのが辛い 座骨神経痛

腰の痛みは総じて腰痛症と呼びますが、下肢の痛みを伴う(多くの場合は坐骨神経痛)かどうかで、大きな違いがあります。ペインクリニックに来院される腰痛症の人は、下肢まで痛みを伴う強い症状の人が多いです。しかし、一般的には腰だけが痛い、無理な運動や動作を行ったため背筋や腰が痛むという人のほうが多いようです。このような人の多くは、まず整形外科を受診します。そして湿布や鎮痛剤を処方されたり、牽引治療を行われたりします。これらの治療で症状が改善しない場合は、ペインクリニックの治療を試みる価値があります。
慢性的腰痛には、筋膜性腰痛、椎間関節痛、変形性腰椎症などがあります。これらの病気で腰や、背中の筋肉の一部や全体が硬くなったり重くなる症状の患者さんには、まずトリガーポイントブロックを試みます。硬くこった筋肉や、指で押すと痛みを感じる筋肉に局所麻酔薬や鎮痛薬を少しずつ注射して、筋肉を緩めていきます。筋肉がいったん緩むと、その部分の血流が改善され、腰痛はしばらく軽減します。簡単で安全な治療ですが、思いのほか効果があり、数年来悩まれていた腰痛が軽快するケースもよくあります。

もうひとつは腰椎のすぐそばの痛み。腰を曲げたりのけぞったりすると痛んだり、朝起きるとしばらく痛むような症状です。この場合、腰骨の後ろにある腰椎周囲の関節が傷んでいることが多いので、その近くに局所麻酔薬や鎮痛剤を注射します。時にはレントゲンモニターを見ながら、正確に鎮痛薬を注入します。これらの治療で痛みはかなり軽減しますが、痛みが繰り返すようならば、この関節につながる細い知覚神経を高周波熱凝固法を用いて遮断します。すると痛みはしばらく出てこなくなります。 治療により痛みが軽減してきたら運動を勧め、腹筋や背筋を鍛えていただきます。こうすることは痛みを和らげるだけでなく、今後の腰痛予防にもなるので大切です。

ところで「腰が痛いのは坐骨神経痛ですか」と、よく尋ねられますが、これはちょっと違います。坐骨神経痛を伴う腰痛もあれば、伴わない腰痛もあるからです。座骨神経痛は臀部や下肢がしびれたり、麻痺したり、痛くなります。

坐骨神経痛というのは、病名ではありません。症状を現した名前です。原因となる病名は別にあり、例えば腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛といった具合です。ほかに腰部脊柱管狭窄症があり、坐骨神経痛の2大原因となっています。ですから、医師としては座骨神経痛と患者さんに説明したら、その原因も説明しておかなければなりません。

座骨神経痛とは、背骨の中の脊髄や神経根(脊髄からの枝分かれした部分)が圧迫されていることで、神経が炎症を起こしているのです。ですから、臀部や下肢が痛いからといっても、そこに原因があるわけではないので、その部位に注射しても効果は期待できません。そこでペインクリニックでは、このような神経の炎症部位に直接薬(局所麻酔薬)を注入することで炎症を抑え、痛みを軽減する神経ブロックを行います。この注射は、痛そうな治療と思われるかもしれませんが、経験のあるペインクリニック医ならば2、3分で終わり、その痛みは歯科治療の麻酔程度と考えて良いでしょう。

平成15年から16年に毎日新聞日曜版に掲載されました「痛みさえなければ」を再編集しています。